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2003年1月23日
もったいない
昨年ノーベル賞を受賞したあの田中さんが、どこかで素敵な言葉を言っていた。
なかったため論文を訳するのが難しかった。
日本人は「もったいない」という言葉で表される
思考があり、これは強みと言ってよいと思う。
さて、自分の関わっているITの世界では、一方では次々と新しい機種やソフトウェアが提供されている生業が存在する。ここではできる限り最新の機器や技術を採用することが求められ、また、新しさをフォローすることができさえすれば、この世界で生き続けていくことが可能になるとも言える。しかし一方では、既に店頭でもメーカーやベンダーのHPでも見かけなくなったようなハードウェアが、ほこりをかぶりながら稼動しつづけている状況も存在する。そのようなハードウェアは、もちろんハードウェアそのものも古いし、搭載されているOSやソフトウェアも古い。だがそれなりに役割を果たし続けており、世界は完結している。ハードウェア故障が起きない限り、その完結した世界は損なわれないのだ。
「もったいない」という感覚に近いのがどちらの側であるかは言うまでもないだろう。
そして、田中さんの言うように日本人にはもったいないという言葉が身近なものであるとすれば、日本人である自分がITにおいてももったいないという思いを強くもつのは当然だろう。考えてみれば、あきばを構成する要素のうちの一定部分は、この「もったいない」という気持ちで支えられていると言っても過言ではないだろう。むしろ、あきばはその「もったいない」という感覚を心置きなく解放できる場所であるからこそ、あんなにもわくわくする場所なのかもしれない。
というわけで(と結論づける必要はないけれど)、Pentium 133MHz、メモリ40MB、HDD 1GBを搭載し、出番がほとんど失われていた初代ノートPCすなわちThinkPad 560が、このたびLinux(RedHat 7.3)を搭載し、自宅の常時起動サーバーとして復活した。もちろんXを動かすのは無理が大きいのでコンソールだけだし、機能も必要最小限、すなわちDNSその他いくつかだけに限定している。しかし、
十分な機能のみを実装
しており、
という感情にぴったりフィット
している。実に心地よいことこの上ない。更に、ノートだけあって常時起動していても静かである(以前はタワータイプのマシンを常時起動してうるさかった)。
捨てないでよかったなとしみじみ思うのであった。待てば回路の日和ありとはよく言ったものである。
投稿者 shingo : 2003年1月23日
2003年1月 9日
新年だ!
新年になった。前回の日記からは2ヶ月近く経っている。
その間に年末が過ぎて新年が訪れ、また新たな日々が始まった。
というほどのことではないだろうが、まあそれなりの人生経験はあった。
まず、勤務先が変わった。新しい勤務先はトップページの新しいアイコンから辿れるのでご覧あれ。転職の理由は簡単だ。
である。
実に血沸き肉踊る体験ではないか。
とか何とか言えるのは、今新たな職場で働けるようになったからだろう。職がなく将来が不安な状態でも高笑いできるほどには自分はまだ強くないことを素直に認める。
そして、現在新たな職場で全力を出している。
最近思う。
働く時に必要なこととは、自分に与えられた課題をきちんとやるということに尽きるのではないか。
以前は、「職場の人たちと仲良くして、更にはその人たちを楽しくしてあげよう」、そしてそれによって自分を必要と認めてもらおう、ということを夢見ていた。
悪くはない考えだと思う。実現できるなら素敵なことだ。
だが、本当にできるかと言うと難しい。
人それぞれに求めるものがあり、自分が相手に対してしてあげたいと思うことは、必ずしも相手が求めるものではないからだ。
もっと言ってしまえば、自分が相手にしてあげたいと思うことなど、大抵は余計なお世話系のことだからだ。
それは相手が冷たいということを意味しない。
人それぞれにいろんなものを抱えながら生きているからだ。毎日を精一杯生きているからだ。だから他人からのささやかな働きかけなど、なかなか気付かないからだ。
それに気付いたとき、仕事に対して自分の為すべきことも自ずと明確になったように思う。
仕事の中で自分に与えられた
課題をきちんとこなす
仕事で何よりも為すべきことは、これに尽きるのだ。
それ以外のことは、まず為すべきことを為してからにしよう。
まずは、自分に求められていることをこなすことにしよう。
これが新年に当たっての思いである。
今年もドラマのある年にしたいと思っている。
いろいろなことがあるだろうが、精一杯の仕事をしながら頑張ろうと思う。
投稿者 shingo : 2003年1月 9日 | コメント (0)